2014/04/17
かぐらから谷川連峰を望む
今週はコブのメッカ、かぐらスキー場で名手粟野利信を撮影。
飛んでくる黄砂もなく谷川連峰もくっきりです。
スキーで山に入るけれども、登山指向はぜんぜんない。
だからかの一の倉沢がどこにあるのかサッパリわからない。
春たけなわ。山スキーによさげな斜面のあちこちに不気味な亀裂が現れます。雪崩の前兆。
くわばら、くわばら…。
2014/04/12
花筏 − 源氏山公園 −
雪山を行ったり来たりしてたものだからすっかり花見のことを忘れていた。
では、と源氏山公園。
ぎりぎり間にあった、か……。
無粋な佐助庵には見分けもつかないが、桜に似た花を咲かせる海棠が満開です。
明日からまた雪山に入ります。
では、と源氏山公園。
ぎりぎり間にあった、か……。
無粋な佐助庵には見分けもつかないが、桜に似た花を咲かせる海棠が満開です。
明日からまた雪山に入ります。
2014/04/10
小野塚喜保さん
先日妙高赤倉で撮影した小野塚さん来鎌倉。
現役時代の思い出の逸品のスタジオ撮影。(あ、居間で撮影のことね)
スキーグラフィック編集長の守屋さんともどもの来訪です。
かつて小賀坂スキーチームのエリート集団、いわゆる「藤本厩舎」の中核メンバーとして一世を風靡した小野塚さんだから思い出の品々は山ほどある。
華麗なスキーシーンで表紙を飾ったスキーグラフィックをはじめとする数々のスキー誌、現役時代に身につけて大会に挑んだゼッケン(ビブ)、インタースキー代表として参加した当時のブレザーやスキーなどなど数え切れないくらいの、今となっては貴重な資料。
撮影するのも忘れてしばしバブルの時代のスキー界の思い出にふけったのでした。
それにしても別冊の撮影で毎年毎年ニセコにこもった日々を思い出す。
藤本厩舎のボス藤本進さんをはじめ、佐藤正人、渡部三郎、小野塚喜保、細野博、吉田幸一、石井俊一、出倉義克、関口淳、里吉敏章(すいません敬称略です)など、文字どおり当時のトップに君臨したデモたちが一堂に会して春のニセコの山々を縦横に駆けめぐったのだった。
一介のフォトグラファーがひとりで藤本さんを筆頭にトップデモの集団に対峙したのだから、こんなに緊張した撮影はなかった。どんなシーンを撮ったのかぜんぜん記憶に残ってない。
ただ一つ思い出すのは、どんな斜面であろうと藤本さんの鋭い号令一下、デモたちが寸分たがわず正確なスキー操作で滑ってくれたこと。どんな新雪だろうと、どんな悪雪だろうと、だ。急なコブ斜面だって瞬時に対応して軽快に滑ってくれたのだった。
あ、もうひとつ、ホテルのマネージャーが採って出してくれた、粉わさびをすり下ろしたひと皿。しょうゆをかけてアツアツのご飯といっしょに口に入れ、ツーンとした余韻に涙ぐみながら食べた朝食。ほかの食事はなにも記憶にないが、この時に味わった粉わさびだけは、二十数年たった今でも思い出す。
現役時代の思い出の逸品のスタジオ撮影。(あ、居間で撮影のことね)
スキーグラフィック編集長の守屋さんともどもの来訪です。
かつて小賀坂スキーチームのエリート集団、いわゆる「藤本厩舎」の中核メンバーとして一世を風靡した小野塚さんだから思い出の品々は山ほどある。
華麗なスキーシーンで表紙を飾ったスキーグラフィックをはじめとする数々のスキー誌、現役時代に身につけて大会に挑んだゼッケン(ビブ)、インタースキー代表として参加した当時のブレザーやスキーなどなど数え切れないくらいの、今となっては貴重な資料。
撮影するのも忘れてしばしバブルの時代のスキー界の思い出にふけったのでした。
それにしても別冊の撮影で毎年毎年ニセコにこもった日々を思い出す。
藤本厩舎のボス藤本進さんをはじめ、佐藤正人、渡部三郎、小野塚喜保、細野博、吉田幸一、石井俊一、出倉義克、関口淳、里吉敏章(すいません敬称略です)など、文字どおり当時のトップに君臨したデモたちが一堂に会して春のニセコの山々を縦横に駆けめぐったのだった。
一介のフォトグラファーがひとりで藤本さんを筆頭にトップデモの集団に対峙したのだから、こんなに緊張した撮影はなかった。どんなシーンを撮ったのかぜんぜん記憶に残ってない。
ただ一つ思い出すのは、どんな斜面であろうと藤本さんの鋭い号令一下、デモたちが寸分たがわず正確なスキー操作で滑ってくれたこと。どんな新雪だろうと、どんな悪雪だろうと、だ。急なコブ斜面だって瞬時に対応して軽快に滑ってくれたのだった。
あ、もうひとつ、ホテルのマネージャーが採って出してくれた、粉わさびをすり下ろしたひと皿。しょうゆをかけてアツアツのご飯といっしょに口に入れ、ツーンとした余韻に涙ぐみながら食べた朝食。ほかの食事はなにも記憶にないが、この時に味わった粉わさびだけは、二十数年たった今でも思い出す。
2014/04/04
白馬八方尾根スキー場から
2014/03/26
妙高赤倉
近ごろ経験がないほどの大暴風雪に見舞われた白馬から一転、妙高は連日雲ひとつない好天続き。
こうなると現金なもので雲が恋しくなる。
どうやら明日から天気は下り坂。
一旦山を下りて4月早々には今季3度目の白馬にリベンジです。
2014/03/12
好漢ピステを去る − 佐々木明 −
2014/03/11
2014/02/15
鎌倉雪散歩 Ⅲ − 銭洗弁財天 −
「陸の孤島」という枕詞を持つ名にしおう豪雪地帯、新潟県松之山で生まれ育った佐助庵が言うのだからまちがいない。
昨日の鎌倉の雪、まごうかたなく「松之山級」のドカ雪だった。
玄関へのアプローチもご覧の通り。あ、車はご近所ね。
雪の銭洗弁財天へ。
JRもストップした今朝方、日頃は善男善女で賑わう弁天さまも人っ子一人参拝する者とていません。
本宮、奥宮(銭を洗うところですね)と下之水神社、七福神社。上之水神社はまだ除雪がすんでなくいけなかった。
昨日の鎌倉の雪、まごうかたなく「松之山級」のドカ雪だった。
玄関へのアプローチもご覧の通り。あ、車はご近所ね。
雪の銭洗弁財天へ。
JRもストップした今朝方、日頃は善男善女で賑わう弁天さまも人っ子一人参拝する者とていません。
本宮、奥宮(銭を洗うところですね)と下之水神社、七福神社。上之水神社はまだ除雪がすんでなくいけなかった。
2014/02/14
2014/02/08
鎌倉雪散歩 − 高徳院 光則寺 長谷寺 −
鎌倉はけさほどから吹雪模様。現在暴風雪大雪警報発令中。
雪降りとあらば吹雪いていようとじっとしてはいられない。
カメラ片手に雪散歩。
高徳院では横なぐりの雪の中悠然と大仏さま。ツバキはけなげに雪の重さに耐えている。
光則寺境内の片隅にはソシンロウバイ。
長谷寺放生池では紅梅白梅が満開だというのに雪の洗礼です。
雪降りとあらば吹雪いていようとじっとしてはいられない。
カメラ片手に雪散歩。
高徳院では横なぐりの雪の中悠然と大仏さま。ツバキはけなげに雪の重さに耐えている。
光則寺境内の片隅にはソシンロウバイ。
長谷寺放生池では紅梅白梅が満開だというのに雪の洗礼です。
2014/02/02
ソチ断念
思えば1988年のカルガリー以来、アルベールヴィル、リレハンメル、長野、ソルトレイク、
トリノ、バンクーバー、7度の冬季五輪を取材する機会に恵まれた。
もちろん周囲の関係者の甚大な助力があったからこそできた取材だった。
トリノ、バンクーバー、7度の冬季五輪を取材する機会に恵まれた。
もちろん周囲の関係者の甚大な助力があったからこそできた取材だった。
そしてソチ。冬季五輪としては初の共産圏での開催。
入ってくる情報が錯綜して、実のところ秋頃までは「今回はちょっと…」という気持ちで
あまり気合いが入っていなかったのも確かだ。
あまり気合いが入っていなかったのも確かだ。
それがスキー各誌の編集長やSAJの尽力であれよあれよという間に取材の話が進み、
あっという間にソチ冬季五輪のIDカードが発行されることになり、
暮れになってロシア入国のビザを兼ねる貴重なIDカードを手にした。
そうして「よし、ソチでもいいシゴトをしてやろう」 と気持ちを新たにしたのだった。
あっという間にソチ冬季五輪のIDカードが発行されることになり、
暮れになってロシア入国のビザを兼ねる貴重なIDカードを手にした。
そうして「よし、ソチでもいいシゴトをしてやろう」 と気持ちを新たにしたのだった。
この1月にヨーロッパでアルペンスキーのワールドカップを取材したときも、
ことあるごとにソチ情報を収集したのだった。
ことあるごとにソチ情報を収集したのだった。
撮影に挑む身にとって一番大切な事、アルペンスキーのフォトシェフには、
フランスのフォトエージェンシーzoomのフランシスが就任したと聞いた。
フムフム、旧知の間柄だから多少の無理難題くらいは……と安堵したのもつかの間、
あとは取材環境にマイナスイメージの情報ばかり。
フランスのフォトエージェンシーzoomのフランシスが就任したと聞いた。
フムフム、旧知の間柄だから多少の無理難題くらいは……と安堵したのもつかの間、
あとは取材環境にマイナスイメージの情報ばかり。
フライトチケットはモスクワ経由ソチ行きを手配、宿舎はアルペンスキー会場となるローザ・コテル・アルパインリゾートでアパートやホテルを探したのだったが時すでに遅く、どこも満パイ。本会場となる黒海のリゾート、アドレル地区にはアパートはほとんどなく、ようやく一番安いホテルを予約したのだった。
それも20㎡のツインに3週間滞在で60万円! もちろん食事はなし、キッチンもついていない。
この一件でかなり意気消沈してしまったのも確かである。
それも20㎡のツインに3週間滞在で60万円! もちろん食事はなし、キッチンもついていない。
この一件でかなり意気消沈してしまったのも確かである。
追い打ちをかけたのがヨーロッパのスキージャーナリストの反応。
ワールドカップ創設者の一人であるセルジュ・ラングの息子、パトリックは行かないと言うし、スウェーデンのニッセも「ジョーダンじゃない、行かないよ」とキッパリ。オーストリアのハンス・ベザードもナイン。
行くのはzoomやPENTAやロイターといったフォトエージェンシー関係ばかり。
ワールドカップ創設者の一人であるセルジュ・ラングの息子、パトリックは行かないと言うし、スウェーデンのニッセも「ジョーダンじゃない、行かないよ」とキッパリ。オーストリアのハンス・ベザードもナイン。
行くのはzoomやPENTAやロイターといったフォトエージェンシー関係ばかり。
というわけでチューリヒからの機中でじっくり考えて「ソチ断念」という苦渋の決断を下したのだった。
土壇場のキャンセルゆえ、ホテル代は全額没収、かろうじてフライトチケットが返金されるのみである。
なにより、ソチのIDカード取得に尽力してくれた関係者の胸中をおもんばかると、
息苦しくなるほどに心がしめつけられる。
なにより、ソチのIDカード取得に尽力してくれた関係者の胸中をおもんばかると、
息苦しくなるほどに心がしめつけられる。
2014/01/28
The ナイトレース −シュラートミンクSL−
混沌のハーネンカムを終え、月曜日は降りしきる雪の中ザルツブルクの南、シュラートミンクへ移動です。宿はダハシュタイン山塊の麓、ラムサウ。かつてクロスカントリースキーで長野冬季五輪にも出場した横山久美子(Kumiko GROSSEGGER)さんのアパートです。まだ完成して間もないアパートだから快適この上ない。夕食は田草川さんご謹製のキーマカレーで腹を満たし、のんびりと原稿を書き上げ、久しぶりに静かな一夜がふけてゆきます。
一夜明け、シュラートミンクはガスもなく小雪がちらつく穏やかな冬模様。さっそくプレスセンターに出動してまずは腹ごしらえ、ここのプレス食堂はクラシックレース随一のクオリティを誇るバイキング。もちろんビールをはじめノンアルコールのドリンクも飲み放題です。きょうのメニューはスープ、サラダバーに加え………
ザ・ナイトレース、1本目は夕方5時45分、2本目は8時45分スタート。今はまだ静かなシュラートミンクの街ですが、レースが開始される頃には5万余の大観衆がゴールスタンド、コースサイドを埋めつくし、阿鼻叫喚の夜となります。
ジャパンチームは今季限りの引退を表明した佐々木明38番スタート、ハーネンカムスラロームに続きエントリーの新人、河野恭介(早大)は68番スタート。
レース終了後、夜を徹してミュンヘンへ向かいチューリヒに移動、30日のフライトで一旦日本へ帰る予定です。
一夜明け、シュラートミンクはガスもなく小雪がちらつく穏やかな冬模様。さっそくプレスセンターに出動してまずは腹ごしらえ、ここのプレス食堂はクラシックレース随一のクオリティを誇るバイキング。もちろんビールをはじめノンアルコールのドリンクも飲み放題です。きょうのメニューはスープ、サラダバーに加え………
ザ・ナイトレース、1本目は夕方5時45分、2本目は8時45分スタート。今はまだ静かなシュラートミンクの街ですが、レースが開始される頃には5万余の大観衆がゴールスタンド、コースサイドを埋めつくし、阿鼻叫喚の夜となります。
ジャパンチームは今季限りの引退を表明した佐々木明38番スタート、ハーネンカムスラロームに続きエントリーの新人、河野恭介(早大)は68番スタート。
レース終了後、夜を徹してミュンヘンへ向かいチューリヒに移動、30日のフライトで一旦日本へ帰る予定です。
2014/01/24
2014/01/23
混沌のハーネンカム
あいかわらず厚い雲がキッツビューエルの街を覆います。
が、きょうはコースを変更してDHトレーニング決行。
早朝に難所ハウスベルクカンテをチェックした上で迂回コースを設定したのだった。
ただしフォトグラファーはコース内一切立ち入り禁止。
ま、それならそれでのんびりと………。
雲に覆われた下界をよそに、スタート地点はこの上ない快晴模様。真冬の気温です。
昨夕FISは雪の状況を考慮し、ハーネンカムレースのスケジュールを変更。
金曜日:回転
土曜日:滑降
日曜日:スーパーコンバインド(スーパーG+回転)
2014/01/22
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